上田祥子さんは、2019年5月17日(金)  19時00分~20時00分 放送の『爆報!THE フライデー』に出演されます。

1991年に第17代クラリオンガールに選ばれ、話題となった上田祥子さん。

その後、四柱推命のプロから美容ジャーナリストになったエピソードについて、気になったので調べていきました!

 

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基本情報

 

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QVC後、テレビのコメント収録へ。 知らぬ間に大笑いの一枚。 #そしてこれから浅草へ #上田祥子

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  • 名前:上田祥子(うえださちこ)
  • 生年月日:1972年3月9日(47歳)
  • 出身地:福岡県
  • 血液型:A型
  • 身長:168cm
  • スリーサイズ:83 – 58 – 84 cm
  • 職業:美容研究家、美容コメンテーター
  • 所属事務所:アップフロントクリエイト

 

上田祥子さんは1991年に第17代クラリオンガールに選ばれています。当時は19歳のようです。

クラリオンガールとはカーオーディオメーカー『クラリオン』が1979年から約30年に渡って毎年選出していたキャンペーンガールです。

人気芸能人への登竜門として知られたが、後年には、様々な分野での活躍が期待される女性を選出していきました。

立憲民主党所属の参議院議員の蓮舫さんやアグネス・ラムさんなどがクラリオンガールに選出されています。

 

1979年~1997年までは、『水着の似合う健康的な女の子』といったイメージで選出してきました。

1998年からは「クラリオンガール・スカラーシップ」と改名され「何かしら目標を持ち、それに突き進む」人という選考基準が採用されています。

 

クラリオンガールの選出はクラリオンが日立製作所に買収された2006年を最後に終了しました。

 

1991年にクラリオンガールに選ばれていることから『水着の似合う健康的な女の子』として選出されてようですね。

また1991年はまだまだ人気芸能人への登竜門としてのイメージが強かったと思われます。

 

しかし、上田祥子さん元々芸能界に興味があったわけではありませんでした。

 

10代のころは、プロ野球に夢中でした。『週刊ベースボール』の記者になりたかったのですが大学受験に失敗してしまい、浪人中にダメもとで応募したクラリオンガールでグランプリを受賞したことがきっかけで上京。本当のところ芸能界に興味があったわけではないので、タレントとして生きていくことは考えていませんでした

引用:mashingup.jp

 

芸能界の登竜門と言われていたクラリオンガールに、ダメ元で応募して選出されてしまうなんてすごすぎます!

 

『週刊ベースボール』を発行しているベースボールマガジン社が東京都中央区に存在します。

そのため、大学受験で東京に行くつもりだったようですね。

しかし上京する為に大学受験したところ失敗してしまいました。

上京するネタにクラリオンガールを使ったってことだと思われますね~。

 

結局、タレントとしては生きていかず将来を模索中四柱推命を勉強することを決めます。

 

四柱推命のプロ

22歳の頃に上田祥子さんは四柱推命としてプロデビューしました。

 

上田祥子さんはタレント活動をせずに将来を模索しているときに、四柱推命の勉強することを決めます。

勉強を始めると高校時代から関心があったことから、四柱推命に夢中になり関連書を取り寄せて勉強していたようです。

しかし独学で分からないことも多かったため、短大に通いながらある有名な先生に弟子入りしました。

寝食を忘れて没頭した結果、22歳でプロデビューしました。

 

プロデビューって資格とかあるのかな?と思い調べてみると、資格とかは特にないようです。

占い師として自分の好きなタイミングで活動を始められるようです。

 

お客さんを取り始めることをプロデビューと言っているようですね。

 

 

プロデビュー後、個人鑑定からテレビやラジオ、雑誌……と、仕事は順調だったようです。

しかしプロになって2年が過ぎたころ、人生経験が圧倒的に足りていないことに気付きました

 

運気の良し悪しを見ることはできても、実体験が少ないから伝える言葉に奥行きがないんですよね。

mashingup.jp

と語っています。

 

その後、雑誌の占いコーナーを自分で書いていたことがきっかけで、25歳でライターに転身しました。

ネイルサロンやカリスマ美容師がブームを巻き起こしていた時期だったことから、美容の取材が増えていったそうです。

 

そこからすぐに美容ジャーナリストになった訳ではなく、ターニングポイントを迎えて美容ジャーナリストの道を歩みます。

ターニングポイントとは一体何なんでしょうか。


韓国美容ジャーナリスト

上田祥子さんは、美容系の記事を書くライター時代に韓国旅行にハマってたようです。

思いつきで行った韓国の、食にハマってしまい、27歳で結婚するまで30回は韓国に行ったようです。

 

結婚して間もなく上田祥子さんは、夫の仕事の都合でアメリカに引っ越しました。

アメリカでの生活はとても楽しかったようですが、仕事をできないという環境で鬱状態になってしまいました

 

当時はビザの関係でアルバイトもできなかったし、カレッジの入学手続きもビザの関係で少し時間が必要で。そうするうちに、日本に戻っても以前のようには働けないかもしれない……。不安が一気に押し寄せ、軽い鬱状態になってしまいました。

 

そのことを心配した旦那さんの提案で、NYで仲良くなった韓国人の友人たちを頼って韓国に2か月間語学遊学したそうです。

とても元気になり、交友関係もさらに広げることができたと語っています。

 

日本に帰国すると、すぐにドラマ『冬のソナタ』からの韓流ブームが始まったようです。

このブームが、上田祥子さんのターニングポイントとなりました。

大韓航空の機内販売で購入した『雪花秀(ソルファス)』がとても良くそこから韓国コスメにハマったようです。

 

その頃『冬のソナタ』が大ブームしていて、韓国コスメに詳しい人を多くの出版社が探していたようです。

その企画に積極的に手を上げ、韓国コスメの企画に参加したことで現在の上田祥子さんがあります

 

まとめ

上田祥子さんは現在韓国コスメを中心に紹介する美容ジャーナリストとして活躍されています。

美容ジャーナリストになる前は四柱推命のプロとして活動されていました。その後経験不足を痛感し、ライターとなり人生経験を積みます。

ライター時代には多くの美容系の記事を扱っていました。

『冬のソナタ』が大ブームの頃に韓国コスメに興味があった上田祥子さんは韓国コスメを中心に紹介する美容ジャーナリストになりました。